働き方改革で働きがい喪失の罠
働き方改革で働きがい喪失の罠
動機づけ要因にはならない「働き方改革」

連日メディアを賑わし、3月28日に実行計画がとりまとめられた「働き方改革」ですが、長時間労働の見直しや正規・非正規間の格差是正が目玉となり、他の項目を見ても大方「衛生要因」としての労働環境改善の色が濃い内容となった印象を持ちます。

現場の人事部門担当者からは、「“働き方改革”がマジックワード化して、取り組まなければならない雰囲気は内外に圧倒的にあるが、具体的に何にどう手をつけてよいのか頭の痛い問題だ」という声も聞かれ、今後どのようにこの計画が現場に浸透し、施策に移されていくのか推移を見守りたいと思います。

しかし、ここで気をつけなければいけないのは、単純に労働時間の削減だけを推し進め、職場のコミュニケーションや動機づけ要因までそいでしまわないことです。
あくまで労働環境の見直しや処遇の改善は、それだけでは衛生要因でしかないことを念頭において対応しなければなりません。

動機づけ要因にはならない「働き方改革」

人間の欲求を段階的に示したマズローの5大欲求をもとに考えると、あくまで今回の働き方改革における実行計画で示されたのは、「過労死を防止し、継続的に働ける労働環境の整備」や「同一労働、同一賃金を推し進め、正規・非正規間の不合理な賃金格差をなくす」また、「副業や兼業、テレワークの実現による働き方の自由度の向上」といった内容であり、継続的に、健康的に、納得感を持って就業ができることを担保するもので、マズローの5大欲求でいうと「生理的欲求」や「安全の欲求」を満たすことにほかなりません。

もちろん、こういった土台がない職場環境においては、安心して働き続けられる環境づくりを進めることが第一ではありますが、同時に「社会的欲求」や「尊敬欲求」、「自己実現の欲求」を満たす働きがいのある環境づくりを進めなければ、優秀な社員の定着は見込めず、一人ひとりのパフォーマンスも下がり、結果的に職場全体の生産性を上げるなど、夢のまた夢です。

さらに難しいのは、働き方の自由度を上げるとコミュニケーションのハードルが上がり、業務全体や役割分担を見直すことなく、業務量や仕事の進め方は現状のままで、労働時間だけを短縮しようとすると、社内の人間関係が悪化し、より魅力のない職場になってしまいかねないという点です。

本来テレワークを実現しやすいIT業界のスタートアップ企業がコミュニケーションの質を下げたくないという理由でテレワークを禁止したり、一度、在宅勤務制度を導入した企業が制度を撤廃したりする動きがあることを見ると、働き方改革の実現と働きがい、業績の向上が簡単に両立できるものではないことは明白です。

「働き方改革」だけを単独で考えない

ここまでの通り、社員が輝く職場づくりは「働き方改革」だけを忠実に推し進めるだけでは、不十分、または逆効果にもなりかねません。

特に残業時間の削減は、一部で歓迎される所もありますが、残業代が減ることが死活問題になる層の人も一定数います。以前、ダイバーシティ推進において、「短時間勤務制度利用時に長時間労働を前提とした職場では、短時間勤務制度利用時の業務全体へのインパクトが大きいため、全体として労働時間の削減を行いたい」という旨を人事部から出したところ、会社として残業代の削減が目的だと、解釈を取り違えられたという話を何度か耳にしたことがあります。特に人事施策は給与や昇降格にも直結する事柄であることから、伝え方には細心の注意を払うべきでしょう。

経営方針として経営者自らが、施策の目的を語ることや、言葉を尽くして説明をすることが重要であり、できればそれについて意見を吸い上げる機構があればなお、すれ違いを減らすことができます。

こういったつまずきポイントを回避するとともに、よりポジティブなコミュニケーションを作り出し、「社会的欲求」や「尊敬欲求」を満たすことも動機づけ要因につながります。

「働き方改革」だけを単独で考えない
ポジティブなコミュニケーションが生み出す、動機づけ要因

ここからは、実例をご紹介します。
「経営層が自ら発信し、自ら声を聴く」 ポジティブなコミュニケーションが生み出す、動機づけ要因 組織が大きくなってくると、経営者の思いを直接語り、直接現場の声を聴くことは徐々に難しくなってきます。しかし、経営方針の転換や新たな施策をスピーディーに納得感を持って、現場に取り組んでもらうためには、経営と現場の距離は近いほど良いことは言うまでもありません。

当社の提供する社内SNS「エアリー」をご利用されているアルバイトの多い企業では、役員の方が自らの言葉で、経営方針とその意思決定に至った思いを語り、現場からのコメントを直接受け止めていらっしゃいます。時には議論がヒートアップすることもありますが、間違いなく現場の納得感と、現場の一人ひとりを大切にしているというメッセージは伝わります。ただ単に決められたことを淡々とやるよりも、意図を理解し、自ら考え取り組む方が、高い品質の仕事ができ、お客様にも満足して頂けることは間違いありません。そして、従業員一人あたりの売り上げが上がっていけばすなわち生産性が向上していることになります。

この事例を経営者の方にお話しをすると、「要望ばっかり出てきたら、どう対応するのか?」、「炎上したら、どうするのか?」というお声も頂きますが、潜在的に存在するそういった声に蓋をしてしまっては、経営と現場の距離は離れる一方です。また、従業員のモラルが低下し不満がたまると一般のユーザーなども見られるオープンなソーシャルメディアにおいて、匿名で会社にとってマイナスな投稿をしかねません。できれば一意見として受け止めつつ、全体最適としての判断であることを説明するのが望ましいでしょう。

また、経営層や現場を統括する管理職が、現場で働く方の行動を取り上げて賞賛することも、「尊敬欲求」を満たすうえで効果的です。自社が大切にする価値観やミッション・ビジョンに沿った行動をなぜ賞賛に値するかを説明して投稿すると、その行動にスポットライトが当たった本人にとってはモチベーションの源泉となり、周囲の社員にとってもその行動が模範となります。組織が大きくなった際はこのようなアプローチが組織のベクトルを合わせるうえで効果的です。重ねがさねですが、単純な労働時間短縮の号令のもと、こうした取り組みの芽を摘んでしまうことは避けるべきだと思います。

働き方改革を機に「衛生要因」としての働きやすい環境づくりだけでなく「動機づけ要因」としての働きがいの向上にも目を向けた施策を進めていただければと思います。